美術科<2年制>

クラフトデザインコース/ Craft Design

富松留幹

作品を通して自分の存在感を社会にメッセージする

富松 留幹教授

クラフトデザインコース
クラフトデザインコース主任

先生の簡単なプロフィールについて?
大学は武蔵野美術大学彫刻学科です。卒業後はデザイン会社に勤務しました。この会社はマネキンやオブジェを制作するデザイン会社で、作家活動も続けられるという条件での入社でした。造形担当でアトリエ勤務でした。勤務終了後はそのアトリエで作家として作品を制作していました。当時は景気も上向きで良い時代でしたから、一般 企業にもゆとりあったのでしょうね。会社員と作家活動の両方させてもらいました。7年で一区切りを付けて退職しました。退職後この大学に赴任しました。   
その間、各地の美術展に出品しました。1987年にはヘンリームーア大賞展・彫刻の森美術館賞を受賞。作品は、現在も長野県美ヶ原高原美術館に野外展示されています。作品の素材は40tの花崗岩です。
石彫がメインですか?
いいえ、僕は作品のテーマによって様々な素材を使います。素材は木であったり、石、鉄であったりいろいろです。セイタカアワダチソウを使って造形したこともありますよ。
先生が彫刻に入られたきっかけは?
中学生の頃から美術には関心がありました。中学生の時、インクペンで書いた樹木の絵を美術の先生にほめてもらったのがうれしくて、進学するなら芸術大学にしようと考えました。高校卒業後上京し1年間浪人して芸術大学に入る勉強をしました。立体の方が平面より面白そうだったので彫刻学科を志望したのです。その浪人中、研究所で結婚する女性に出会いました。
同級生と結婚されたのですか?
研究所で一緒に勉強して同じ武蔵野美術大学に入学しました。彼女は絵画、僕は彫刻でした。結婚後も彼女は織物作家として活動を続け、夫婦共に作家活動をしていました。けれども一昨年、彼女は他界しました。つい先日、彼女のアトリエを整理して織物のデザインファイルを作成しました。染めた糸が膨大にあり、改めて彼女のアートマインドのすごさを実感しました。彼女を失ったことは悲しい出来事でしたが、今は彼女と精神的に一体化しています。
学生時代の思い出は?
ちょうど学生運動の終息期で学内はかなり荒れていました。仲間たちとも議論をよくしました。また大学生時代は、自分が卒業後どうして生きていくのかという気持ちを固める時期でもありましたね。
本学の学生に一言。
最初、入学してくる学生には「この大学は点数主義ではない。他者と競い合うことや比較することはまずやめる。そしてモノづくりに集中すること。オリジナリティを高めて欲しい」と言っています。人と較べて上手いとか下手と言うよりは、オリジナルのアイデアで人に訴えるものを作って欲しい。2年間でモノを作るテクニックも身につけて欲しいですが、社会に出る際の見極めもして欲しいと言っています。クラフトを仕事としてやっていくのか、それとも趣味としてやっていくのか。卒業は決して終わりではなくスタートなのですから。
今年卒業のクラフトコース学生のアンケートをとったら、全員が「この大学で勉強して満足した」という嬉しい結果 でした。「何となく芸術が好きでこの大学を選んだが、高校では学べなかった芸術に対するアプローチの仕方を身につけた」という回答もありました。社会に出た時、作家・企業人にとらわれず自分の存在感を出すことは重要です。作家の場合、その作品のテーマ、何をメッセージしたいのか。また企業人の場合であっても、自分は何を目的にしてこの仕事をしているのかというプレゼンテーションは重要です。2年間で自己を鍛えて欲しいと思っています。
クラフトの面白いところは?
素材が無制限にあること。自分が表現したい作品は素材や形にとらわれず何にでも自由にチャレンジできることです。ただどんな作品でも、そこに自分が訴えたいもの、社会に対するメッセージを込めることが大切です。これが無ければその作品は一人よがりの作品になります。いろいろ考えて試行錯誤を繰り返しながら個性を鍛えて欲しい。

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